Fukusima50見てきました。

またまた遅ればせながらFukusima50を見てきました。

平日のお昼ということもあり、また新型コロナウイルスによる自粛モードによるものか、映画館はガラガラでした。

2011年のあの日から9年たち青震災の記憶が風化する前に是非とも見ておくべき作品という事で期待して劇場へ。

まさにあの日は戦場でしたが、2020年新たな戦場に日本はおかれています。放射能とウイルスという見えない

敵と戦っているのです。皮肉なめぐりあわせとでもいいましょうか。つくづく日本は災害と戦う運命なのだと。幾

多の災害を乗り越えてきた日本の英知が今の日本を支えていると実感しました。

日本を救ったのは今も昔も市井の庶民なのだ。

国家存亡の危機に遭遇した時、日本を救ってきたのは名もなき人々です。鎌倉の御家人だったり、旅順攻防で斃れた兵卒であり、特攻で闘った英霊達でした。そして今回福島第一原発の暴走を食い止めた東電の職員たちが加わったのです。

2011年3月11日、午後2時46分。マグニチュード9.0、最大震度7という、日本観測史上最大となる地震が発生した。地震は福島第一原子力発電所へ想定外の津波をもたらしました。全電源喪失。このままでは原子炉が溶融してしまう。爆発したら東日本全体は人の住めない世界になってしまう。発電所職員の戦いが始まりました。

渡辺謙、佐藤浩市という日本を代表する男優の競演

福島第一原子力発電所(以下1F)の所長、吉田昌郎役を渡辺謙、第1・2号機の当直長、伊崎利夫役を佐藤浩市が演じています。渡辺謙は原作者門田隆将氏のたっての希望で実現しました。実際の1Fの吉田所長は長身、豪放磊落で渡辺謙のイメージにぴったりだったそうです。

さて、地震の被害で1Fへの送電の鉄塔が倒壊し、電力を外から得ることができなくなりました。それに想定外の津波の到来。日本の原発は温排水を流すため海の近くに作られています。また原発の性格上人口密集地は避けられいわゆる過疎で不便なところに作られています。地上のアクセスが不便でも海からだと建設資材の搬入には便利なわけで、日本の原発が海沿いに作られている理由です。

1Fの一号機はアメリカGE社の製作でした。アメリカの原発は内陸部の川沿いに作られています。当然設計の段階で津波など想定していません。したがって非常用電源(ディーゼル発電機)を地下に置くという考えられないミスを犯したのでした。また、一応10メートルくらいの津波は想定していたようですが、過去にはそれ以上の津波が襲ったという記録があり国会でも追及されていました。しかし、コスト優先で無視されました。国会の答弁で1Fは津波に対して安全だと答弁したのは安倍さんだったとか。(議事録から消されているとか)

実際過去の津波の例から高いところに作られた東北電力の女川原発は大丈夫でした。また福島第二原子力発電所(2F)は非常用ディーゼルエンジンが空冷で大きすぎて地下のピットのおさまらず地上に設置したので津波の被害にあわずに稼働したという例がありました。そもそも、原発の設計の段階で全電力が喪失するということが想定されていないようでした。

吉田所長は現場と東電幹部と戦わないといけなかった。

現場との対応で精いっぱいなところに何もわからずに指示する東電幹部。さらに横槍を入れる政府、首相。現場を知らず経営だけを優先してきた文系幹部の弊害が出てきました。ベントを行わないといけない局面で現場に乗り込むというパフォーマンスを優先させた首相は最低でした。本人は映画で自分がどう描かれているか大分気にしていたようですが。首相はもっと落ち着いた人だと擁護する人がいるようですが、むしろ映画は本人に遠慮していて実際はもっとひどかったというのが本当なようです。吉田所長はこの1Fでの心労のせいか、二年後に食道がんで亡くなります。

原子炉に突入する所員の奮闘

高い線量のなか、真っ暗な原子炉に突入してバルブを開けに行く所員の英雄的行動は称賛される行為であり、目頭が熱くなるシーンでした。観客が沢山でしたもらい泣きしてしまったでしょう。日本は昔から上はバカで最低だけど現場の力は最高と言われますが、それが象徴されたシーンでもあります。名もなき地元の職員が愛する郷土を守るために戦ったのです。この職員たちのことを決して忘れないよう、永遠に語り継ぐべき記録なのです。

職員の奮闘と奇跡が重なって、水素爆発はあったものの圧力容器爆発という最悪の事態は避けることができました。しかし残された負の遺産の大きさに絶句します。いまだ郷里に帰れず、仮設住宅に住んでいる人は沢山います。前にも書きましたが、何が復興五輪だ、浮かれてるんじゃない、どこが復興しているんだ、1Fの現場を見ろと言いたい。この映画は2011年3月11日あの日のエピタフであり、忘れやすい日本人への警鐘となる作品と言えるでしょう。